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“緑藻”からバイオ燃料 筑波大大学院教授・渡邉信さん(産経新聞)

 ■光合成で“重油”を生産 温暖化・エネ問題の切り札に

 石油に替わるバイオ燃料の原料として、湖や沼などに生息する微細な藻類が世界的に注目されている。筑波大大学院の渡邉信教授は、光合成で重油とほぼ同じ性質の炭化水素をつくる「ボトリオコッカス」という緑藻に着目し、燃料量産技術の実用化を目指す。課題は生産性の向上による低コスト化だが、「将来、日本が産油国になることも可能だ」という。地球温暖化やエネルギー問題を解決に導く切り札として、藻類への期待は高まるばかりだ。(小野晋史)

 ◆天然の製油装置

 藻類には、光合成で炭化水素や脂肪を大量に産生する種が多い。炭化水素は石油や天然ガスの主成分で、1、2億年前に浅い海に生息していた藻類が石油の起源だとする説が有力。二酸化炭素を吸収し、炭化水素を生産する藻類は「天然の製油装置」ともいえる。

 ボトリオコッカスがつくる高分子の炭化水素は、性質が重油とほぼ同じで、抽出方法は培養した藻を搾るだけ。渡邉教授は「重油に相当する炭化水素からは、石油化学工業で利用するナフサや軽油、ガソリンが簡単につくれる。既存の施設は、そのまま使える」と利点を挙げる。

 トウモロコシやサトウキビを原料とするバイオエタノールは、食糧需要と競合し、耕作地を拡大すれば森林破壊などの新たな問題が生じる。こうした問題がない藻類のバイオ燃料化は海外での研究も進み、米国では一昨年、藻類から作った燃料でジェット機を飛ばすことに成功した。

 ◆沖縄出身の優等生

 ボトリオコッカスからバイオ燃料を作る試みは1970年代からあった。第1次オイルショックなどを背景に日本や欧米で研究が盛んになったが、石油並みの生産コストを実現できず、国内の研究は90年代末までに大きく後退した。

 渡邉教授は当時、バイオ燃料とは直接関係のないアオコの生態などを研究していたが、「放っておけなくなった」という。海外に先を越されると、特許料などの支払いで輸入と変わらない。「危機感を持った」

 小さいグループでバイオ燃料化へ向けた藻類研究を始めた。各地を回り、知人に送ってもらうなどして国内外の湖沼から144株のボトリオコッカスを集めた。ボトリオコッカスは環境に敏感で、最初のころは大半が死んでしまったこともある。

 「もともと藻類が好きだったので苦ではなかった。そして、沖縄県内で見つけた株が最適だとわかったのです」と話す。

 その株は1ヘクタール当たり年間約120トンの炭化水素を生み出せ、二酸化炭素の吸収能力も高い。欧米の研究者が持つ株にこれほどの“優等生”はないという。有望株の探索では、それまでの藻類研究の経験が生きた。

 当初は10年で、バイオ燃料の研究には区切りをつけるつもりだったが、地球温暖化問題の深刻化などで期待が膨らみ、ライフワークとなった。

 ◆低コスト化に挑む

 実用化には安定的な大量生産システムを確立し、コストを今よりも1ケタ下げる必要がある。現在、ボトリオコッカスから作り出したバイオ燃料の値段は1リットル当たり155円程度でまだ高い。

 渡邉教授らは、品種改良や新たな株の探索で、沖縄株よりも効率が高い“超優等生株”の発見を目指す。抽出・精製方法の改良や、実験室での培養実績を屋外プラントで再現することも実用化への課題だ。

 「2013年ごろまでに生産効率を1ケタ上げたい。そうすればコストも下げられる」

 試算では、目標の生産効率が達成されると国内の原油需要を約23万ヘクタール分の休耕田や耕作放棄地などでまかなえ、二酸化炭素排出量も1990年比で約半分に削減できる。「藻類は人類の救世主となりうる重要な生物なのです」

 【history】

 ■昆虫少年で、餌の研究から藻類へ

 宮城県丸森町で医者の家に生まれた。11人兄弟の10番目。かつて料亭だったという家は13部屋もあり、36畳の大広間が2部屋。兄弟で野球もできた。

 昆虫好きで野山を駆け回る日々。「あの美しさと新しいものに出合ったときの感激がたまらない」と話す。小学校時代は「かなりの優等生」だったが、中学2年のときに仙台市内の学校に転校。親元を離れ、たった3畳の狭い下宿部屋で1人暮らしを始めた。

 「寂しかったけど耐えるしかない。学校の授業は面白くなく、気晴らしに昆虫採集ばかり。当然成績は下がった」。部屋には50箱以上も昆虫標本が積み上げられた。

 高校進学後、昆虫学者への夢を教師に話すと「もっと勉強しなくちゃなあ」とあきれ顔をされた。奮起して東北大に現役合格。「奇跡だ」と喜ばれたという。

 藻類との出会いのきっかけは、意外なところにあった。昆虫の生態を知るには餌となる食草の知識が欠かせないが、顕微鏡で観察するための切片がうまく作れない。そんな折、実習で青森県の八甲田山に行き、切片を作らずに観察できる藻類の存在を知った。

 「こりゃいいや」と藻類についても調べるうちに、地球の生命と環境に深くかかわることを知り、本格的に研究を始めた。

【プロフィル】渡邉信

 わたなべ・まこと 昭和23(1948)年3月、宮城県生まれ。東北大理学部卒、北海道大大学院理学研究科博士課程修了。53年に富山大薬学部助手。58年に国立公害研究所主任研究員、平成2年国立環境研究所室長。9年環境研生物圏環境部長。13年内閣府総合科学技術会議参事官。18年筑波大大学院生命環境科学研究科教授。国際藻類学会パーペンフス賞(3年)、日本微生物資源学会学会賞(19年)、米国苔・地衣学会ツッカーマン賞(同)など。

 ■性格 長所は夢と志と信念があること。研究者はそうあるべきだ。今は日本を産油国にするのが夢。短所は楽観的なことを言いがちな点。おだてにも乗りやすい

 ■趣味 読書。作家では、山本周五郎や藤沢周平など。縁の下の力持ちだった人たちに焦点を当てているのが好みの理由。作品だと、伊達藩が舞台の「樅ノ木は残った」

 ■スポーツ 野球が大好き。中学のときにレギュラーを目指したが、おだてられてスコアラーになった。現在も趣味で続け、国立環境研究所時代はサード4番。長嶋茂雄さんの大ファン

 ■若手研究者に一言 夢と志を大きく持ってがんばれ。今は若手にとって大変な時代だが、それでもあきらめずに業績をあげてほしい

 ■家族 子供2人は家を離れ、茨城県石岡市で妻と2人暮らし。犬と猫も1匹ずつ飼っている

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